PEM型水電解装置用材料 - 大きな機会のあるニッチ市場
2024年1月15日
グリーン水素は、クリーンな工業用原料や未来のエネルギーキャリアとしてますます認知度が高まっています。グリーン水素製造の要が水電解装置です。その成熟度と発展状況から、これまではアルカリ水電解装置(AWE)が市場の主流となっていましたが、ここ20年間でPEM(プロトン交換膜)型水電解装置(PEMEL)が急速に発展を遂げており、短期間で実用化段階まで進んできています。PEMELは特に欧州で人気が高く、そのエネルギー効率の高さや間欠性再生可能エネルギー源との適合性から注目を浴びています。
PEM型水電解装置は、PEM燃料電池(PEMFC)と共通の材料や部材を多く使用され、燃料電池分野の発展により大きな恩恵を受けます。NASA主導の下でPEMFC技術は大きな進化を遂げてきており、その結果、PEMELとPEMFCはいずれも技術的に比較的確立した製品になりつつあります。しかしながら、いずれもまだ数多くの課題に直面しています。
急成長を遂げているグリーン水素市場は水電解装置の需要を喚起しており、結果として水電解装置の材料と部材にも需要を生み出しています。材料や部材のサプライヤーだけでなく、さまざまな業界参入企業にとっても、この需要急増は、この成長に乗じてイノベーションを実現したり、新製品を投入したりするための大きなチャンスとなっています。本記事では、発展し続けるこの分野での主な課題と機会を取り上げながら、PEM型水電解装置に不可欠な材料・部材を徹底解説しています。このトピックの詳細については、IDTechExの調査レポート 「グリーン水素製造用材料 2024-2034年:技術、有力企業、見通し」でご確認ください。

プロトン交換膜電解槽(PEMEL)セル構成部品の概略図。Source: IDTechEx
プロトン交換膜(PEM)
正極と負極の間にあるプロトン交換膜(PEM)は水電解装置の中枢であり、陽子(H+イオン)を負極から正極に伝導する働きをします。同時に、電極間の電気絶縁体としての役目も果たしており、水素と酸素の発生反応が別々に起きるようにすることで高純度水素の生成を可能にし、酸素と水素が分離した状態を維持します。
プロトン交換膜はPFSA(ペルフルオロスルホン酸)アイオノマーから作られています。ケマーズのブランドであるナフィオン(元々はデュポンが開発)は、現行技術においてもPEMELとPEMFCで使用されている最もよく知られた材料です。この市場は、ケマーズやWLゴア&アソシエイツなど古くからの企業がシェアの大半を占めていますが、これらの企業は、性能の向上を実現するべく、今なお自社製品のイノベーションに取り組んでいます。
PEMの改良において最大の課題は、性能、安全性、耐久性のトレードオフです。性能の向上には薄膜化により伝導性を高める必要がありますが、その場合酸素が水素に入るガスクロスオーバーが増加し、膜の劣化速度が速まります。それに対処するため、業界では一般的に延伸ポリテトラフルオロエチレン(e-PTFE)などの補強部材を使用し、さらにその上からPFSAアイオノマーをコーティングして対策を講じています。
この技術を発展させるためには、新たな複合膜材料を使用して改良上のトレードオフを解消することが求められます。PFSA膜を材料として使用するには問題があるものの、即座に市場に投入できる適切な代替品が見つからないことから、今後もPFSA膜が使用され続けることに変わりはないでしょう。上記のような理由により、水電解装置と燃料電池の業界には大きな膜市場が存在しているのです。
白金族金属触媒と触媒層付き膜(CCM)
白金(Pt)とイリジウム(Ir)は、水電解装置内で発生する電気化学的な水素発生反応と酸素発生反応において、それぞれの触媒として作用します。その最先端材料として、正極には白金担持カーボンブラック(Pt/C)が、負極にはイリジウムブラック(Ir)や酸化イリジウム(IrOx)がそれぞれ使われます。
インク状の触媒をPFSAアイオノマー樹脂と合わせたものを膜表面にコーティングすることで触媒層付き膜(CCM)が作られます。水電解装置の性能はCCMの特性に大きく左右されることもあり、CCMの製造は重要な研究領域となっています。主な焦点は、CCM生産に対応する効率的かつ連続的なロールツーロール法を開発し、性能の一貫性、触媒インクのロス最小化、高度に自動化された大規模生産を確保することです。
研究においてさらに重要な点が、負極材であるイリジウムの使用量の削減です。PEM型水電解装置の今後の需要によって世界のイリジウム供給が逼迫する恐れがあることから、現状のPEM型水電解装置での使用量(1~2.5g/kW)が問題視されています。これに対応するべく、ヘレウス・プレシャスメタルズなどの触媒メーカー各社は、イリジウム使用量の低減を図った新製品を市場に投入し始めています。その中には、すでに商業利用が始まろうとしているイリジウム・ルテニウム酸化物(IrRuOx)も含まれています。ただし、イリジウム供給への依存度を下げるには、新たなイリジウム担持触媒(白銀担持カーボンと同様の概念)がいずれ必要になるはずです。したがって、現行のIrとIrOxに対する競争力のある性能を実現しつつ、全体的なイリジウム使用量を1g/kW未満に低減した新たな触媒製品を開発し、市場投入することに大きな機会が存在しているのです。
ガス拡散層(GDL)
多孔質輸送層(PTL)としても知られるガス拡散層(GDL)は、PEMELのセルの要となるもう1つの部材です。この部材は電極の両側にあり、膜への水の移動や、電極からの生成ガス(H2とO2)の除去、セルを通る電子の流れを助ける働きをします。
正極材として使用されるのは、カーボンファイバー、PTFE、カーボンブラックから成るカーボン紙で、負極材には白金属の薄層でコーティングしたチタンフェルトが使用されます。チタンが負極材の耐食性向上のために必要であるのに対し、白金は伝導性を高め、さらなる安定性をもたらします。これらの材料は広く普及しており、今後もあらゆるPEMELのスタックの一部として使われていくことになるでしょう。
カーボン紙はPEM燃料電池業界の尽力によって開発されたものであり、すでにかなり成熟度の高い材料です。そのため、負極においてチタンフェルトを薄くすることや、多孔性を最適化すること、白金の使用量を低減することが開発における最大の焦点となっています。特に白金の使用量は非常に重要で、PVD(物理気相成長)などの先進コーティング技術を用いることで低減を図ることが可能です。
バイポーラプレート
バイポーラプレートは、セル間を仕切る物理的障壁の役目を果たします。さらに重要なのは、このプレートがセルの負極から別のセルの正極に電子を伝導するだけでなく、セル内に水とガスの流路も形成するという点です。グラファイトバイポーラプレートを使用できるPEM燃料電池とは異なり、PEM型水電解装置では、より耐食性の高いチタン製プレートを使用します。チタン製GDLで使用される白金と同様に、耐食性を高め、接触抵抗を抑えるには、正極と負極にそれぞれ金と白金のコーティングが必要となります。
これらの部材もまた、PEM燃料電池業界の高度に進化した金属バイポーラプレート製造の恩恵を受けています。プレート製造技術を提供する企業の例としては、ダナ、シューラー、エルコン・プレシジョンなどが挙げられます。使用する技術はメーカーごとに異り、一長一短があります。すでにハイレベルな進化を遂げてはいるものの、使用材料の節減や生産ラインの高速化により、メーカー各社にはさらなる生産最適化を図れる余地があるのです。
バイポーラプレートのコーティングは、新たなコンセプトから最も恩恵を受ける可能性のある領域です。例えば、PVDなどのより先進的なコーティング技術を用いれば貴金属の使用量を減らせます。また、総製造原価を抑えるチタンの代替品が見つかる可能性もありますが、そのためには、チタンコーティングしたステンレス鋼など、さまざまな金属合金や材料の組み合わせを用いた実験が不可欠です。後者は有望な選択肢とされていますが、商業運転での広範な試験がまだ必要です。
ガスケット・シーリング材料
水電解装置のスタックを設計する際に見落としがちなのがガスケットやシーリング材ですが、これらの部材も同じように重要です。これらの部材はシーリングの目的で使われ、バイポーラプレートやセパレータなどの各部材間に結合部を形成します。精密に作られたこの結合部により、ガス、水、セルの密封状態が保たれ、あるいは隔離されます。一般的なガスケットは薄いシート状やテープ状になっており、バイポーラプレートの間に挟み込んで使用します。
一般的にガスケット材料には、気密性・液密性を保つために水素透過性が低い素材、水電解装置の酸性環境や酸化環境に耐えうる耐薬品性の高い素材が選ばれます。また、十分な耐圧縮性と機械的特性を備えている必要もあります。使用されている代表的な材料としては、エチレンプロピレンゴム(EPDM)、フッ素ゴム(FKM)、PTFE、シリコーンなどがあります。
最も一般的なガスケットはプリフォームを使用し、水電解装置スタックの形状に合わせて射出成形して製造されます。バイポーラプレートの複雑な設計には優れたシール性能が求められるため、多くの場合、ガスケットメーカーは水電解装置やバイポーラプレートのサプライヤーと提携関係を結んでいます。そうすることで、ガスケットメーカーは顧客の部材にガスケットを直接取り付けて納品することが可能となります。ガスケットのイノベーション戦略では、材料と製造工程の最適化だけでなく、顧客側で塗布・硬化処理を施せる樹脂を供給することでプリフォームを使った成形工程を省くことにも重点が置かれています。
市場展望と戦略的展望
電解槽用部材市場には大幅な拡大の兆しが見られます。IDTechExはその市場価値は2034年までに317億ドル規模に達すると予測しています。この成長を後押しするのは、主にグリーン水素業界の急速な発展です。本記事でご覧いただけるように、この市場には部材の供給とイノベーションに大きな機会が生まれています。
IDTechExの調査レポート 「グリーン水素製造用材料 2024-2034年:技術、有力企業、見通し」 では、AWE、AEMEL、PEMEL、SOECスタックで使用される主要部品の現在および将来の材料と製造方法について解説しています。対象となる部品および材料には、触媒と電極、膜/電解質、多孔質輸送層(PTL)、ガス拡散層(GDL)、膜電極アセンブリ(MEA)法、バイポーラプレート、ガスケット、スタックアセンブリ部品が含まれます。また、電解槽スタックメーカーや材料サプライヤーの包括的なリストとともに、材料供給企業や新材料または製造方法の開発の事例研究も掲載し、さらにAWE、PEMEL、SOECスタックの部品および材料タイプ別の詳細な10年間の市場予測も提供しています。
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