50年の紆余曲折を経て訪れるCCUSの新たな夜明け

50年の紆余曲折を経て訪れるCCUSの新たな夜明け

Dr Hydra Rodrigues
Vector illustration of renewable electric vs. fossil pollution power electricity resource. Electric car charging at charger station with solar panels and wind turbines and fossil car refueling petrol
A New Dawn for CCUS After Five Decades of Ups and Downs
 
世界は脱炭素社会の実現に向けた解決策を模索しています。国連によると、70カ国以上、1,200社以上の企業がネットゼロの目標を掲げています。気温上昇を2°C以内に抑えるには、数百ギガトンの二酸化炭素(CO2)排出量を削減し、大気中の二酸化炭素を除去することが必要です。
 
二酸化炭素の回収・有効利用・貯留(CCUS)は、このような気候目標の達成の鍵を握る技術の1つとして認識されており、エネルギーセクターや産業セクターからの排出量削減だけでなく、大気中のCO2の除去にも使用できるものです。しかし、CCUSの技術は極めて重要であり、大きな向上を遂げているものの、予想されていたほど普及は進んでいません。IDTechExではCCUSの技術、市場を網羅した調査レポート『二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)市場 2023-2043年』を発行しています。
 
CCUSが掲げる目標とその現状
 
ここ20年で4倍近く成長したとはいえ、現在のCCUSの普及状況はいまだ限定的です。CCUSの処理能力は、2010年以降、年間約230万トンのペースで伸びてきており、年間CO2回収能力は2020年に4100万トンに達しました。これは、国際エネルギー機関(IEA)が10年前に掲げた目標値を86%下回る数値(下図参照)です。世界の現在のCO2回収能力は、全体排出量の0.1%に相当します。
 
世界の年間CO2回収能力(稼働中施設、正式発表済みプロジェクト、予測を含む。単位:Mtpa(100万トン/年)) Source: IDTechEx, (underlying data from IEA, Global CCS Institute, and CATF).  Note - the radius of each circle has been scaled based on the capture capacity it represents. Dashed circles represent expected capacity. Source: IDTechEx
 
この分野では、資金調達が不活発であった数年間を経て、新しい統合型CCUS施設プロジェクトの相次ぐ発表が示すように、ここ2年間で急激な加速が見られます。プロジェクトのほとんどは北米と欧州ですが、オーストラリア、中国、韓国、中東、チリでも計画されています。とはいえ、IEAの2050年ネットゼロ排出(NZE)シナリオ (IEA, 2021)に基づくネットゼロ排出に必要な回収能力に達するには、この業界が2030年までに35倍以上の成長を遂げる必要があります。
 
CCUSを取り巻く状況は大きく変化
 
民間初の大規模CCUSプロジェクトは、約50年前に米テキサス州のバルベルデ天然ガス処理プラントにて操業を開始しました。放出せずに回収したCO2は、圧縮後にパイプラインで輸送され、石油増進回収(EOR)技術で利用するためSACROC油田に注入されていました。CCUS業界では、EORで利用するために天然ガス処理プラントがCO2を供給するというのが標準的な方法となっていますが、世界有数の大規模統合型CCUSプロジェクトの一部では、これら2つが統合された施設が予定されています。中でも、米国のセンチュリー・プラントとブラジルのサントス海盆プレソルトプロジェクトでは、それぞれ年間当たり840万トン、870万トンのCO2回収能力を備えています。欧州では、1996年にノルウェーで最初の貯留専用スライプナープロジェクトがスタートし、世界で2番目にCCUSプロジェクトが実現した地域となりました。
 
2000年代の停滞期を経て、操業中のCCUSプロジェクトの数は2010年以降に急増していますが、CCUS業界は、注目プロジェクトが中止になったり、政府の資金援助プログラムが取りやめになる事態を経験しています。IDTechExが調査したところ、平均するとプロジェクト計画案の60%以上が中止になっており、中でも電力セクターにおいてその傾向が顕著に現れています。 2017年のケンパー郡の二酸化炭素回収施設の失敗と、2020年のテキサス州のペトラノヴァプラントにおけるCCSレトロフィット設備の操業停止により、CCUS業界が採算の取れる低炭素の大規模プロジェクトを実行できるのか疑問の声が上がりました。
 
プラント建設プロジェクトの延期も頻発しています。ゴーゴンプロジェクトではCCS装置の操業が予定より2年ほど延期されて開始されたほか、レイクチャールズ(米国)やティーズサイド・ロー・カーボン(英国)、ドラックス(英国)でも数年の延期に見舞われています。
 
プロジェクトが中止・延期に追い込まれた要因は数多くあるものの、特に大きく影響したのが経済的な理由(市場の変動や財政支援の不足)と技術的な問題(流路保全や溶媒劣化、貯留能力不足など)、それにパブリック・アクセプタンスの不足でした。また、西欧諸国では石炭が既に使用されていないこともあり、CCS設備を前提にした大規模な石炭発電所プロジェクトの多くは実現することがありませんでした。
ここ10年で、CCUS産業の焦点は、電力業界から、「脱炭素化が困難」とされる業界(セメント業界や鉄鋼業界など)や、新たに登場した水素経済、新しいネガティブエミッション技術(NET)へと移行しています。
 
勢いを増すCCUSへの追い風
 
2022年は、プロジェクトや新しい政策、資金調達が発表されるなど、CCUSに強い追い風が吹いています。今年の動きに勢いを得て、2021年11月に国連が開催した気候変動会議(COP26)では、ネットゼロ目標の再認識と、CCUSにおける多国間パートナーシップの促進が図られました。同月、米国はインフラ投資・雇用法を可決し、CCUSと低炭素水素の生産を支援するために計150億ドルを拠出しました。
2022年だけでも追加のプロジェクトが20件近く発表されており、順調に進めば、年間9000万トンを超えるCO2回収能力の増加が見込まれます。しかし、プロジェクトの多くはまだ最終投資決定(FID)には至っておらず、その行く末には依然として不確かな要素が残っています。
 
2022年は、CO2地中貯留のライセンス供与と認可の面でも重要な進展が見られました。ノルウェー、ロシア、オーストラリアにおいてライセンス供与の動きが活発になっています。英国でも、初のCO2貯留のライセンスラウンドがスタートしており、塩水帯水層や枯渇した油田・ガス田への貯留の機会から成るこのライセンスラウンドには13の北海地域が参加しています。
 
米国では、2022年8月にインフレ抑制法(IRA)が制定されたこともあり、二酸化炭素回収技術への支援が今後数年で大幅に強化されそうです。IRAは、2008年から米国でCCUSの採用を拡大するうえで重要な役割を担ってきた、炭素隔離を促進するための税額控除制度「45Q」を改正したものです。コストが膨大であることから、これまでこうした技術の導入を検討できなかったセクターにおいても、脱炭素化戦略の見直しが可能となったのです。ただし、この控除制度にどの程度の影響力があるのかはまだわかりません。IRAの適用期限である2033年を見据えて着工を早める動きも見られており、米国では2023年以降に発表が相次いで行われる可能性があります。
 
過渡的技術としてのCCUS
 
多くの業界においてCCUSは、炭素集約型の資産を最後まで使い切るための技術として、あるいは、まだ開発中のより持続可能な技術への足がかりとなる過渡的な選択肢として考えられています。このようなCCUSの主な用途には以下のようなものがあります。
 
セメント、鉄鋼、化学など、固有のプロセス排出を伴うハード・トゥ・アベイト(排出削減困難)セクター。これらの業界を脱炭素化する場合、再生可能燃料への切り替えと効率向上を図るだけでは不十分です。
 
従来の水蒸気メタン改質で発生したCO2をCCUSによって安全に処分する ブルー水素製造 。ブルー水素はクリーンなエネルギーキャリアとしての水素に新しい市場を創出するうえで重要な役割を担うとされており、電解槽の能力が追いつけば、グリーン水素への架け橋となります。
 
排出されたCO2を、再生可能エネルギーを使用して炭化水素に変換できる e-fuel 合成燃料の製造。e-fuelは、電気自動車が市場シェアを伸ばす中で旧来の内燃機関自動車に搭載することが可能なほか、技術の進歩によりバッテリーの軽量化が進む長距離輸送(飛行機、船舶、トラック)にも対応できるようになります。
 
結局のところ、CCUSは、炭素の価格が十分に高くなるまで、回収したCO2に対する需要を生み出すことができるのです。CO2-EORは、CCSへの、さらに最近ではDACへの入り口となっており、このような役割は、CO2を化学薬品、燃料、建築材料の原料として利用する新しい方法と並んで続いていく可能性があります。さらに詳しくは、IDTechExの調査レポートCCUC 『二酸化炭素(CO2)有効利用 2022-2042年: 技術、市場予測、有力企業』で、ご確認ください。
 
永続的技術としてのCCUS:二酸化炭素除去
 
点源汚染における二酸化炭素回収はエネルギー転換において重要な役割を担う可能性があるものの、それ以上に二酸化炭素除去(CDR)が必要になるかもしれません。CDRは、世界の排出量のネットゼロレベルの達成・継続に向けた、信頼できる長期的気候シナリオには必ず登場しています。その可能性を考えると、直接空気回収(DAC)などのNETを使用して大気からCO2を除去することが、これほどまで注目されたことはありませんでした。ベンチャー投資家たちは、2022年に10億ドル以上を黎明期のDAC業界につぎ込んでいますが、そのパイから最も大きな分け前を獲得したのがクライムワークスによる最近の資金調達ラウンドです。その額は6億5000万ドルに相当し、ここ5年間のDACに対する投資総額を上回っています。
 
DAC参入企業は、除去するCO2の1ネットトン当たりのコストを100ドルまで下げ、年間除去量をギガトン規模にまで上げようと競い合っています。規模とコストは往々にして連動しながら進歩を遂げていくため、この2つのマイルストーンは互いを補完するものとなっています。これらの目標を達成するには、炭素除去を算定・報告・検証(MRV)する確かな方法を標準化することが不可欠になります。
 
炭素除去のセクターは投資、活気、希望にあふれているため、この分野は今非常に面白い時期にあります。スタートアップ企業、早期購入者、研究機関、政策立案者が協力し、市場統合に向けて技術と条件の向上を進めています。
 
CCUSはついに軌道に乗るのか?
 
CCUSの基本的な役割は、何百万トンものCO2を大気から安全かつ恒久的に隔離できるインフラを提供することです。CCUSは、国連のパリ協定で規定されているネットゼロ排出目標を達成するのに必要なレベルの脱炭素化を実現するうえで欠かせないものとなります。しかし、そのためには規模を拡大する必要があります。
 
二酸化炭素回収技術は、成熟度の高まりは見られるもの、依然として多くの部分が高コスト、エネルギー集約型であり、発展が遅れています。政府がキャップアンドトレードなどの奨励制度を介して炭素の適切な価格を保証しようとする姿勢や、投資家が大規模なCCUSプロジェクトを財政支援しようとする姿勢については疑問が残ります。CCUSが掲げる気候変動のペースをスローダウンさせたいという目標を達成するには、政策を段階的に変えていくことや、世界の活動の調整を図ることが必要ですが、まだ完全には実現されていません。
Challenges in CCUS. Source: IDTechEx
 
さらに詳しくは IDTechExのグリーンテクノロジー分野の調査レポートでご確認ください。