CCUSの市場動向:二酸化炭素回収は今後10年でどう変わるのか?
2024年11月22日
Eve Pope
世界の140カ国以上がネットゼロの目標を掲げており、その多くが2050年までにCO2排出量をネットゼロにすると宣言しています。 現在、人類は毎年400億トンに近いCO2を排出しており、目標達成は容易ではありません。この困難を乗り越えるには、多くの排出削減技術が並行して必要となり、今すぐ基礎を築く必要があります。 CCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)ソリューションは、既存の産業資産を脱炭素化する重要な手段の1つとして認識されています。本記事は、IDTechExの調査レポート「二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)市場 2025-2045年」をもとに提供いたします。
二酸化炭素回収では、排出点源から直接回収したCO2が大気中に放出されないように密閉したり、大気中からカーボンレガシー(過去の排出量)を回収したりします。回収されたCO2は地中深くに貯留するほか、さまざまな用途で再利用することもできます。CCUSプロジェクトは50年以上前から存在していますが、ごく最近まで、石油増進回収技術(CO2を使用して原油回収率をあげるための技術)を活用したプロジェクト以外では、採算性の低さから開発が進んでいませんでした。
気候変動への懸念から、ここ10年で各国政府がCCUS導入に補助金を支給する動きが増えています。2011年に世界全体で回収された CO2はわずか年間1900万トンでした。2023年時点ではある程度増えて年間5200万トンに達していますが、それでも人為起源排出量のわずか0.1%に過ぎません。政府の資金援助にも限りがあるため、CCUSを新たな高みへと導くには、今後10年間の炭素市場の成長が必要不可欠となります。炭素市場が順調に成長すれば、2035年には二酸化炭素回収分野の状況は一変するでしょう。IDTechExでは、CCUS回収能力が2035年までに年間12億トンに達すると予測していますが、それでも「2050年ネットゼロ」達成に求められる進捗ペースには及びません。そこで、CCUSの成長を後押しする最大の要因となるのがCCUSのビジネスモデルにおけるパラダイムシフトです。それにより、二酸化炭素の純粋地中貯留にますます焦点が当てられるようになるでしょう。

世界のCCUS回収能力の変遷と進化予測。出典: IDTechEx
ビジネスモデル変化がCO2の純粋地中貯留を後押し
回収した二酸化炭素を地中深くに貯留するのは大気汚染には大きなメリットですが、この事業を始める企業にはどのような経済的動機があるのでしょうか? 石油増進回収といったCO2有効利用型のビジネスモデルとは異なり、収益を生み出す有形産物は得られません。CO2貯留ビジネスが発展するには、政府による経済的仕組みの導入が不可欠です。その仕組みは汚染削減促進や炭素市場創出を目的とし、例えば税額控除あるいはカーボンプライシングのような投入コストと温室効果ガス排出量の取引などの形をとることが可能でしょう。
この10年間でカーボンプライシング価格は上昇し、行政区分の垣根を超えて広がっています。世界経済フォーラムの報告によると、現在では全CO2排出量の4分の1が何らかの形でカーボンプライシングの対象になっており、その最も有名な例がEU域内排出量取引制度(EU-ETS)でしょう。CCUSの可能性を最大限に引き出し、ネットゼロ目標を達成するには、このように市場主導型の取り組みへの移行が必要となります。別の取り組みとして米国で支持されているのが、CCUS設備に対して税額控除を与えるというものです。45Q税額控除制度により、米国はCCUS分野の最前線に立ち続けており、世界で計画されているプロジェクトの半数が米国を拠点としています。
この他にも、CCUS導入促進につながるビジネスモデルの変化が見られます。従来のCCUSプロジェクトの多くは単一の事業体がCCUSプロジェクトの開発から所有、運営まで(フルチェーン)を行っていました。このようなモデルは初期のプロジェクトには適していますが、CCUSバリューチェーンのあらゆる領域で技術・業務に関する専門知識を持つオペレーターが必要です。多くの排出事業者にとって、大規模な二酸化炭素の輸送・貯留プロジェクトを自社で新たに開発するのは現実的ではないことから、パーシャルチェーン型に移行することでCCUSプロジェクト開発が促進されることが期待されています。
パーシャルチェーン型では、CCUSバリューチェーンが分割され、CO2の回収・輸送・貯留の各施設を別々の事業体が所有・運営するようになり、二酸化炭素の輸送・貯留事業者が生まれることになります。現に、2030年までに操業開始を予定している事業者が続々と現れています。例えばノーザン・ライツのロングシッププロジェクトでは、2024年12月には史上初の国境をまたぐオープンソース型のCO2輸送・貯留インフラネットワークが構築される見通しです。
今後10年間でCCUS貯留インフラ、スケールメリット、奨励金創出への注目がさらに高まれば、地中深くに貯留されるCO2の量も次第に増加し、回収したCO2の主流の最終利用先である石油増進回収技術はその座を奪われることになるでしょう。IDTechExでは、回収されたCO2の純粋地中貯留量が2035年には年間8億トンになると予測しています。

CO2エンドポイント別のCCUS市場容量シェア 出典: IDTechEx
CCUSを最初に採用するのはどの業界か?
二酸化炭素回収は、既存資産の脱炭素化や産業と雇用の維持において重要な役割を担う可能性があります。発電などの一部のセクターでは、再生可能エネルギーによる発電量が徐々に増加していることもあり、二酸化炭素回収の役割は過渡的なものになるかもしれません。その他のセクター、例えば石灰石の焼成工程でCO2 排出が避けられないセメント産業では、CCUSが最終的な脱炭素化ソリューションとなる可能性があります。持続可能な新しい産業(バイオエネルギーやブルー水素の生産など)も、CO2 排出の回収・貯留に依存しています。
IDTechExが有力企業から直接得た情報によると、今後5年間は煙道ガスCO2 濃度が高いセクターや、収益化を図れる別のビジネススキームを持つセクターに早期の機会が存在するようです。CO2 濃度の高いセクター(天然ガス処理やエタノール生産など)は、回収コストが最も低い部類に入り、既存の炭素調整に関する財政支援制度(米国の45Q税額控除など)によって既に全面的支援を受けることが可能となっています。一方、生物起源CO2 を回収・貯留するプロジェクトは、ボランタリー炭素市場での資金調達を利用して早くから成功を収めており、政府の補助金やコンプライアンス目標に頼る必要はない状況です。
現時点でCCUS分野の主流となっているのは、天然ガス処理から排出されるCO2 の点源回収です。このセクターは今後も成長が続くでしょうが、二酸化炭素回収によって実現する持続可能な新たな産業が2035年までには登場すると見られています。例えば、ブルー水素/ブルーアンモニア(化石燃料使用による生産工程と二酸化炭素回収を組み合わせてネットゼロを達成できる分野)や、BECCUS(バイオマス発電と二酸化炭素回収・有効利用・貯留を組み合わせた技術で、生体起源CO2 の回収プロセスと定義されるもの)などが挙げられます。IDTechExでは、2035年にはこの3つのセクターにおけるCO2 回収量は年間約4億トンに達するだろうと予測しています。

主要セクター点源炭素回収能力の2035年までの成長予測。出典:IDTechEx
2035年大型ファンにより大気中から吸引するCO2量が年間50メガトンに
CCUSプロジェクトの多くは、CO2の新たな排出による大気汚染を阻止することを目的としていますが、これよりも壮大な目標を掲げるプロジェクトも見られます。現に、直接空気回収技術(大型ファンを使用し、物理的または化学的にCO2を吸着する物質を含んだフィルターに大気を送り込み、CO2を直接回収する技術)を利用して大気からカーボンレガシー(過去の排出量)を除去し、気候変動に対する人為的な悪影響を逆転させられないかと模索しているプレーヤーもあるようです。
信じ難いことではありますが、2024年にクライムワークスが「マンモス」施設の操業を開始し、直接空気回収(DAC)技術は大きな飛躍を遂げたのです。このプラントは年間3万6000トンのCO2直接回収能力を備えていますが、これよりもさらに大規模のDACプラントが2025年の操業開始に向けて計画されています。それがオクシデンタルのストラトス事業であり、その稼働開始により年間50万トンのCO2が恒久的に分離・回収されることになる見通しです。そのプラントで利用されるのは、カーボン・エンジニアリング(オクシデンタルが2023年に11億ドルで買収)が開発した、溶液を用いたDAC技術です。2035年までにプラント100基の建設を計画するなど、オクシデンタルは意欲的な規模拡大を目標に掲げています。
現時点では、直接空気回収技術には多くの民間セクターによるサポートが集まっています。企業がサステナビリティ目標を達成するためにカーボンクレジット制度のボランタリークレジットを購入する際に民間セクターがサポートを提供するというものです。例えば、2024年7月にマイクロソフトはストラトスから50万トン分のクレジットを事前購入することに合意しています。ボランタリークレジットの需要は不安定であるため、成長が続くかどうかはDACが政府主導のコンプライアンス炭素市場に取り入れられるかどうかによりますが、IDTechExは調査レポート「二酸化炭素除去(CDR) 2024-2044年:技術、有力企業、カーボンクレジット市場、予測」の中で、DACの年間回収能力が2035年に年間約5000万トンに達する可能性があると予測しています。
しかし、DACには険しい道のりが待ち受けているかもしれません。DACは多くのエネルギーを必要とするため、再生可能エネルギーのインフラ整備が必要になり、これが障壁となり得るのです。DACには莫大なコストが必要で、採算性のある大規模回収はまだ実証されていません。
CO2 有効利用が依然として重要な役割を果たす理由
純粋地中貯留は大きなポテンシャルを秘めていますが、一方で新たな CO2有効利用用途の登場にも今なお大きな期待が寄せられています。特に、カーボンプライシング価格がさほど高くなく、回収・輸送・貯留までにかかるコストを賄える地域や、大規模なCCUSを支えるのに必要な CO2輸送・貯留インフラが未整備の地域ではそれが顕著です。手をこまねいて待つのではなく、現時点で成熟度の高い炭素回収技術を活用して CO2を有用な炭素化合物として再利用することで、CO2有効利用が採算性のある CO2回収の実現につながるのです。
IDTechExの調査レポート「二酸化炭素有効利用 2025-2045年:技術、市場予測、有力企業」では、CO2から作られる持続可能な代替燃料が今後10年間で大きな成長を遂げることになると結論付けています。海運セクターや航空セクター(燃料の電化が実現不可能なセクター)で既に整備が進められているサステナビリティ規制は、その追い風となるでしょう。世界全体のグリーン水素電解槽の能力拡大に伴い、P2X(パワー・ツー・エックス)技術を利用して二酸化炭素からのe-fuelの生産(e-メタノール、合成天然ガス、e-ディーゼル、e-ケロシン、e-ガソリンの生産など)も拡大していくはずです。 CO2由来燃料のうち既に商用生産が始まっているものもあります。さらに今後10年間にわたって多くの商用生産施設の建設が予定されています。それをリードするのは、カーボン・リサイクリング・インターナショナル、ランザテックなどの企業です。
有効利用のもう1つの有望な用途がCO2由来コンクリートです。CO2をコンクリートの中に恒久的に貯留することで、性能向上やセメント消費量低減が図れます。CO2由来建材の成長は、新たな認証制度や材料性能の向上だけでなく、廃棄物処分費用とカーボンクレジットの販売価格を同等にすることが可能かどうかにかかっています。
予測
2035年にはCCUSのビジネスケースはこれまでになく強固なものとなり、年間10億トン以上のCO2が回収されることになるとIDTechExは予測しています。カーボンプライシングがCO2排出のペナルティとなり、二酸化炭素回収のインセンティブとなります。産業ネットワークや産業クラスターに関連したパーシャルチェーン型プロジェクトの登場に伴い、より多くの排出事業者がCO2貯留インフラを利用できるようになります。点源排出事業者にとって、特にCO2由来のe-fuelをターゲットとする事業者にとって、CO2有効利用は依然として魅力的な選択肢であることに違いありませんが、CCUSが空前の成長を遂げたとしても、回収能力は2050年ネットゼロというゴールにはまだ到達できないでしょう。CCUSのポテンシャルを最大限に発揮するためには、官民双方のサポートが引き続き強化される必要があります。
Technology Innovations Outlook 2025-2035
IDTechExでは、今後10年を形作る主要技術革新トレンドに焦点を当て、現在の状況の評価と2035年までの予測をまとめた 『Technology Innovations Outlook 2025-2035』 を発行しました。本記事も掲載されています。
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