グリーン水素のリアリティ チェック:市場トレンドと各地動向

グリーン水素のリアリティ チェック:市場トレンドと各地動向
グリーン水素は、今後数十年の主力となる次世代のクリーンエネルギーキャリアとして期待され、ここ数年大きな注目を集めてきました。しかし、近年の市場成長の鈍化や多数のグリーン水素プロジェクトの中止により疑念が高まっており、業界内では、「グリーン水素は最終的にエネルギー転換の中核技術となるのか?それとも規模拡大に失敗し、過大評価に終わる技術なのか?」といった懐疑的な見方が強まってきています。
 
本記事ではIDTechExが、グリーン水素市場の今後を形作る主要な市場トレンドと各地の動向について分析します。
 

 
コスト:グリーン水素普及の最大の障壁
 
グリーン水素が直面する根本的な課題は、依然としてコストの高さです。一般的なグレー水素のコストがわずか1~2ドル/kgであるのに対し、グリーン水素の製造コストは5~10ドル/kgと幅があるため、多くの用途で経済的競争力がありません。IDTechEx調査レポート「グリーン水素製造と電気分解装置市場 2024-2034年:技術、有力企業、予測」は、主要なグリーン水素技術のベンチマーク評価とともに、各種水電装置技術や製造経路別のコスト分析を提供しています。
 
IDTechExの調査によると、製造コスト全体の60~80%を高コストな再生可能電力が占めており、高額な設備投資が必要なことが全体のコストをさらに押し上げています。漸進的な効率向上や設計の小型化など、水電解装置スタックの技術的進歩は続いているものの、かつてスケールメリットによって期待されていたような大幅なコスト削減は実現に至っていません。
 
オフテイカー需要の低迷と市場の供給過剰
 
製造コストの高さはオフテイカー需要の低迷に直結しており、水電解装置メーカー各社は数百MW~数GW規模のシステムを製造できる能力を構築してきましたが、市場はグリーンプレミアムに対する出費をいとわない顧客を見つけるのに苦戦しています。代わりに、厳格なグリーン基準を満たさないグレー水素やブルー水素など、より安価な代替品を多くの企業が選択しています。
 
多くの潜在的オフテイカーは、グリーン水素のコストが短期的に十分な水準まで下がると確信できずにいるため、既存・計画中のものを含め、水電解装置の製造能力を需要が大きく下回っており、市場全体で深刻な供給過剰が生じています。この不均衡は複数の水電解装置技術にわたって顕著に見られ、2021年以降に大手水電解装置メーカー(OEM)の株価と収益性が低下していることにも表れています。
 
理論上では、政府の奨励策、補助金、規制面での支援策を通じて、高コストとインフラ関連のリスクを軽減できる可能性があります。こうした状況は地域によって異なるため、IDTechExではアメリカ、ヨーロッパ、中国など主要市場のさまざまなトレンドに関する分析を提供しています。
 
 
主要地域でのグリーン水素市場のトレンド概要:米国、欧州、中国。 出典: IDTechEx
 
アメリカ:グリーン水素業界を危険にさらす政策シグナル
 
アメリカ政権の最近の政策シグナルを見ると、グリーン水素にとっての環境は、インフレ抑制法(IRA)下にあった前政権ほど好ましくないことが伺えます。新たに導入された「OBBBA(One Big Beautiful Bill Act)」は政策の優先順位を急転換するものであり、グリーン水素への支援も縮小されています。
 
OBBBAの下、クリーン水素製造税額控除(第45条V項)の適用スケジュールが大幅に前倒しされ、対象となるすべてのプロジェクトに対して2028年までに着工することが求められています。一方で、石油増進回収(EOR)などの用途で用いられる点源炭素回収に対する二酸化炭素隔離税額控除(第45条Q項)が増額されています。この変更は、CO₂ を回収し有効利用する技術を優遇するという市場シグナルを明確に示しており、グリーン水素は本質的にこのカテゴリーには入りません。
 
OBBBAの他にも、政治的シグナルや規制的シグナルが重なり、補助金や融資の停止、輸入設備コストの上昇など、アメリカの水素業界を取り巻くリスクはさらに高まっています。グリーン水素サプライチェーンの大部分はアメリカ国内に内製化されていないため、これらの措置はグリーン水素プロジェクトに偏って影響し、事業環境は一層厳しさを増しています。
 
こうした事態を受けて、水素プロジェクトの開発者は、前倒しされた45Vの期限に間に合うよう全速力で進めるか、二酸化炭素回収を組み入れている従来型の水素製造であるブルー水素に方向転換して45Qの奨励策を利用するかという主に2つの戦略的選択肢に直面しています。
 
ブルー水素への税額控除の枠組みが相対的に有利であることから、アメリカでは、ブルー水素がグリーン水素に対して競争上の優位性を得るかもしれません。しかし、政策の不透明感が続き、政府の財政支援も不安定なことから、アメリカの水素市場全体の成長が鈍化する可能性があります。そのため、グリーン水素の導入が制約を受けるだけでなく、市場全体の不安定性によりブルー水素プロジェクトも間接的に影響を受けるかもしれません。
 
ヨーロッパ:技術革新では先行するが、高コストと規制不透明性が課題
 
多くの大手水電解装置・材料企業がヨーロッパに拠点を置き、性能や効率を向上させた水電解装置技術・材料のイノベーションを牽引しています。IDTechExの調査レポート「グリーン水素製造用材料 2026-2036年:技術、有力企業、予測」では、グリーン水素製造を牽引する有力企業、技術、先端材料・部材を取り上げています。
 
ヨーロッパは、炭素排出量の多いソリューションへの代替策としてグリーン水素をはじめとするグリーンエネルギーに精力的に取り組んでいますが、人件費の高さや再生可能エネルギーの高いコストにより、グリーン水素の製造コスト低減は困難になっています。また、IDTechExが行ったメーカー各社へのインタビューによると、REDIIIの規制の枠組みが複雑で非線形であることに加え、導入の遅れも重なり、製造コストは最大40%増加するとされています。これらの要因によって、ヨーロッパの水素市場の成長は予想を下回っており、近いうちに規制の明確化が進むことが期待されるものの、現在も不透明感が継続していることが市場展開の制約要因となっています。
 
中国:低コスト水電解装置のグローバル工場として台頭
 
中国ではグリーン水素開発に焦点を当てたプロジェクトが多数あり、サングロウ、PERIC、LONGi Hydrogenなどの大手企業がGW規模のプロジェクトを牽引しています。中国の水電解装置はトップクラスの効率や技術革新で先頭に立つわけではないものの、大規模生産に優れており、完結したサプライチェーンを国内に備えているため、ヨーロッパのメーカーと比べて非常に低コストで水電解装置を製造することが可能です。
 
激しい国内競争を背景に、中国の水電解装置メーカーの多くが海外への展開を加速しており、ヨーロッパは主なターゲット市場の1つです。この競争圧力に対し、ヨーロッパの水電解装置メーカー各社は主に2つの方法で対応しています。ひとつは市場で存在感を示すため、高性能・高効率な製品による差別化を図る方法です。もうひとつは、中国メーカーとの協業や部分的統合を進める方法です。例えば、イタリアのAEM(アニオン交換膜)型水電解装置開発企業であるエナプターは、主要スタック材料の研究開発と生産をヨーロッパにとどめながら、BOP(バランスオブプラント)コンポーネントとシステムインテグレーションに関する中国のノウハウを活用しています。
 
IDTechExでは、中国が今後も世界市場シェアを拡大し、ヨーロッパ市場にも進出していくと見ています。水電解装置は生産量に左右される製品であるため、中国の完結したサプライチェーン、先進の製造自動化、低い人件費により、非常に競争力のある価格での量産が可能になっています。
 
グリーン水素の見通し:短期的には不透明も長期的には有望
 
政治的要因や市場的要因により、グリーン水素の短中期的な見通しは不透明です。アメリカのグリーンエネルギー戦略からは不安定さが見て取れ、ヨーロッパは有利なグリーン政策を維持しているものの、コストの高さや需要の低迷に直面しています。また、中国は水電解装置技術の量産国として世界市場に進出する準備を整えています。
 
こうした課題はあるものの、IDTechExはグリーン水素の長期的な見通しについて依然として楽観的です。気候変動に対する「万能策」とされていた当初の期待に応えることはできないかもしれませんが、材料の進歩や新たな用途が追い風となり、市場は着実に拡大・成熟しています。2050年のネットゼロの期限が迫る中、グリーンエネルギーへの転換での中心的な役割を担う上でグリーン水素は好位置につけています。
 
IDTechExの脱炭素に関連するレポートは、こちらでご覧いただけます。

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