車載レーダー:革新と成長の黄金時代
2020年7月14日
自動車に搭載されるレーダーの数は、車載レーダー搭載車両数の増加と、1台当たりの車載レーダー搭載数の増加に牽引される形で今後も増え続けると予想されます。これらのトレンドはADASの導入の高まりを背景に、高度に自動化・自律化された運転技術の登場によって、今後長きにわたって継続し、加速していくでしょう。
IDTechExの調査では、レベル2以上の乗用車やトラックについて、車載レーダーユニットの販売台数(SRR、MRR、LRRの合計)は、2019年の5,500万台から、2030年、2040年にはそれぞれ2億2,300万台、4億台になると予測しています。これは、それぞれ4倍、7倍に相当する驚異的な増加です。
当社の予測モデルによれば、高度に自動化・自律化された車両は開発に時間がかかることが示唆されているため、この長期予測は妥当であると考えられます。実際、当社では、レベル4と5の乗用車については、2030年にそれぞれ500万台と50万台に、2040年にはそれぞれ2,400万台と1,600万台に達すると予測しています。以下の図をご覧ください。
レーダービジネスは、市場が拡大するだけでなく、あらゆるレベルでのイノベーションが速いペースで行われています。この記事の残りの部分では、いくつかの主要なイノベーションのトレンドについて、解説します。
より深い詳細と洞察として、IDTechExでは、調査レポート『車載用レーダー 2020-2040年:デバイス、素材、プロセス、AI、市場および有力企業』を発行しています。このレポートでは、材料、半導体技術、パッケージング技術、アンテナアレイ、信号処理/AIのレベルでの技術を解説し、包括的な技術ロードマップを提供しています。
このレポートでは、最新の製品イノベーションを網羅しています。また、世界中の有望なスタートアップ企業を特定し、レビューしています。また、2019年から2040年までの期間をカバーする短期・長期予測モデルを構築しています。販売台数と販売金額が、自律レベルと車両の種類(乗用車、シェアードカー、トラック)によって分類されています。
出展: IDTechEx Research
IDTechExの調査レポート『車載用レーダー 2020-2040年:デバイス、素材、プロセス、AI、市場および有力企業』では、プライベートとシェアードの自動運転車とロボタクシーに関する詳細な分析結果が示されています。このレポートでは、現実的かつ詳細なモデルを用いて、高度に自動化・自律化されたプライベートとシェアードの自動運転車の導入状況を予測しています。上図は販売台数に関するものですが、このレポートではハードウェアとソフトウェアコンポーネントごとの市場価格の予測についても示されています。
ハードウェアの動向とイノベーション
GaAsからSiGe/Siへの移行: まずは半導体から見ていきましょう。現在、基板上に形成されたダイがワイヤーで接合されたGaAsから、ウエハーレベルでパッケージ化されたSiGeに完全に移行しています。この移行は2008年から2009年にかけて始まり、その後大々的に広まりました。この技術ノードは180nmで、いくつかのものについては130nmでも機能しています。しかし、現在新たな移行が始まっています。今回は、SiGeからSi CMOSまたはSOIへの移行です。
Si CMOSと微細技術ノード: 需要量が増えるにつれ、より高度な技術ノードをレーダー用シリコンICの製造に適用することが経済的に妥当であると考えられるようになりました。このような微細ノードの登場によって、シリコン特有の電子移動度の低さを補うためのシリコンベースのICの実現が可能となります。現在選択されているノードは、40/45nm、28nm、22nmが主流ですが、さらに微細な16nmのノードを選択しているメーカーもあります。ノードのさらなる微細化へと向かうこのトレンドは、需要量の増加に伴い今後も続くと予想されます。
個別のダイから完全統合型のオールインワンICへの移行: CMOSへの移行によって、機能のさらなる統合の可能性が開かれました。2010年より前の時代では、GaAsのダイがチップオンボード(COB)として組み立てられていました。2012年以降、SiGe WLPパッケージが登場しましたが、送受信ユニットは別々のパッケージになっていました。2014年から2017年にかけて、いくつかの監視機能と共に複数の送受信ユニットが1つのパッケージに統合されるようになりました。その次には、波形発生も統合されるようになりました。そして現在、Si CMOSまたはSOIのレーダーICが登場したことで、マイクロコントローラーやDSPも1つのパッケージに統合されつつあります。その結果、完全統合型のオールインワン・レーダーIC(ただし、電源管理ICは依然としてICの外部にある)が実現されつつあります。
Evolution in packaging, semiconductor tech, and on-chip function integration in radar technology. さらに詳しくは、 IDTechEx『車載用レーダー 2020-2040年:デバイス、素材、プロセス、AI、市場および有力企業』.
最先端のパッケージとAiP: 第1世代の車載レーダーでは、レーダー基板は処理基板や電源管理基板とは別になっていました。第2世代では、それらは依然として別々に分かれていましたが、RF基板のサイズが小さくなりました。そして、現在の世代では、ハイブリッドのデジタル/RF基板が搭載されているのが一般的となりました。
現在、アンテナをパッケージに組み込む形態(AiP)がトレンドとなりつつあります。レーダー開発におけるこのトレンドは、自動車分野だけでなくそれ以外の分野でも見受けられます。事実、OSATによって車載グレードのMRR 77GHz eWLB AiPパッケージがすでに品質認定されています。このパッケージでは、アンテナはRDL(再配線層)のCu層に組み込まれます。
もうひとつの事例として、パッケージに6個のアンテナが組み込まれた122GHzシリコンベース・レーダー向けのAiPがすでに販売されています。このAiPの登場によって、患者/高齢者の監視や車両室内の監視などのアプリケーションを1つのチップで実現できるようになります。なお、アンテナのサイズと占有面積は、周波数が高くなるほど小さくなるため、大規模なアンテナアレイでもAiPを物理的に実現することができます。
なお、AiPへと向かうトレンドは、ミリ波帯の5Gパッケージにも見受けられます。これら2つの開発は多くの点で共通しており、お互いに相乗効果をもたらすと考えられます。
一般に、車載レーダーの周波数帯は77~81GHz帯の範囲へとシフトしてきました。周波数が高くなればなるほど、照射軸方向の速度分解能と角度の分離能力が向上します。また、周波数が高くなると、広い帯域幅であっても中心周波数付近に占める帯域幅が狭くなるため、より広い周波数帯域幅を導入しやすくなります。周波数帯域幅を広くすると、その効果が距離分解能の向上にダイレクトに現れます。
伝送損失の最小化: ただし、周波数を高くすると、基板レベルとパッケージレベルのいずれにおいても伝送損失も大きくなります。伝送損失を軽減するため、3つの方法が模索されています。すなわち、(1) セラミック充填PTFEなどの低損失RF材料を使用する(その他の候補:LCP、LTTCC、ガラスなど)、(2)超平滑導電性トレースを使用する、(3)パッケージ内にさらに多くの要素を統合して信号伝達経路を短くする方法です。
後者の方法はパッケージングの問題が伴います。伝送損失を最小化するには、配置する材料を改善する必要があります。EMC耐性を高めるという方法もありますが、RDLまたは高密度サブストレートの内部に誘電体層を設けるという方法もあります。また、パッケージング技術の選択も非常に重要です。一般に、ファンアウトパッケージングはBGAやフリップチップよりも優れた性能を示します。
Schematic showing evolution of the radar towards AiP. Note that some AiP are already qualified for as mid-range radars (MRR). 詳細は、 IDTechEx『車載用レーダー 2020-2040年:デバイス、素材、プロセス、AI、市場および有力企業』.
大規模アンテナアレイ: 送受信の数が増えています。第1世代のSRRレーダーでは、送受信の数は1Tx/2Rxでした。第4世代と第5世代の上位機種のレーダーでは、送受信の数は4Tx/6Rxと12Tx/16Rxに達していました。このトレンドは今後も続くと予想されます。事実、スタートアップ企業は性能限界を押し上げようとしており、48Tx/48Rx、さらには72Tx/72Rxのレーダーシステムの開発を進めています。大規模アンテナアレイをサポートするアーキテクチャーが極めて重要な役割を果たしており、レーダートランシーバーと共にビームフォーミングICを構成するものと予想されます。
大規模アンテナアレイによって、方位角と仰角の分解能がそれぞれ1度未満と2度未満にまで高まるため、大規模アンテナアレイへと向かうトレンドは極めて重要です。分解能が高くなれば、物体をより詳しく見ることができ、物体をより細かく判別できるようになるため、分解能の高さは極めて重要です。また、分解能が高くなれば点群が高密度になり、複数の物体を認識・追跡するための非常に高度なAI信号処理が可能となります(これについては後ほど詳しく説明します)。
天候や明るさの条件に左右されず、フレームごとに速度情報を検出できれば、飛行時間型ライダーよりも優れたレーダーを実現できます。とはいえ、分解能などの点ではライダーにはまだまだ勝てません。大規模アンテナアレイによって高い分解能と高密度な点群が得られれば、ライダーとの差を埋めることができるでしょうか。近年の技術の進歩にかかわらずライダーは常に優位を保っているため、おそらくその差を埋めるのは容易ではないでしょう。一方、SWIR(1550nm)FMCWライダーの長期的な開発が、今後長きにわたってレーダーの脅威となるかもしれません。ライダーに関して、さらに詳しくは、『LiDAR(ライダー)2020-2030年:技術、有力企業、市場および見通し』を、参照ください。
This data the number of lidar products and prototypes which show different horizontal and vertical angular resolution values. The color coding links the lidar technology to its scanning mechanism. Lidar is clear superior to even leading-edge automotive radars. This chart is from our Lidar report which considers over a 100 organizations developing all varieties of 3D lidar technology (ToF vs FMCW, SWIR vs NIR, mechanical vs OPA vs MEMS etc). To learn more please see "Lidar 2020-2030: Technologies, Players, Markets & Forecasts".
アンテナ面積を増大させ、新しいアーキテクチャー(ミリ波帯5GにおけるビームフォーミングICのミラーの開発など)と組み合わせて利用しようというのが現在のトレンドとなっています。これは主に、アンテナゲインと空間ビームフォーミングの性能を向上させようという考えに基づいています。車載レーダーにこの原理を適用すれば、電子スキャン式レーダーシステムが実現されるでしょう。
もちろん、この他にもトレンドはあります。最新情報を知りたい方、より深い洞察を得たい方、プレイヤーやイノベーションについて知りたい方は、IDTechExの調査レポート『LiDAR(ライダー)2020-2030年:技術、有力企業、市場および見通し』を、ご覧ください。
ソフトウエアトレンドおよびイノベーション
ハードウェアの開発は重要ですが、それは全体の一部でしかありません。一般的なレーダーでは、最初に受信信号がデジタル化された後、3段階の高速フーリエ変換によって距離と速度に関するデータの行列が生成され、信号ピークの検出によって物体の有無が判定されます。
角度の取得では、通常、複数のアンテナが使用され、アンテナの物理的な位置の違いに由来する位相差が到来信号の推定角度に変換されます。マルチアレイ構成の場合は、通常、出力データは3次元のデータキューブとなります。ここで、大雑把にいえば、アンテナアレイのサイズによって分解能が決定されます。
アンテナアレイのサイズが大きくなれば、データレートが急激に増加することは容易に想像できます。例えば、16~24Rx/8~12Txのレーダーでは、データレートは240~360Gbit/sになります。その結果、データの管理が難しくなります(これについては本記事ではこれ以上説明しません)。
複数の3次元物体の検出・追跡へと向かうトレンド: 自動運転では、さらに多くのことが必要となります。すなわち、複数の物体を(できれば立体的に)検出して追跡する必要があります。そのためには、何らかの深層学習ベースまたはCNNベースの学習アルゴリズムが必要となります。
レーダーには多くの制約があります。例えば、従来のレーダーでは点群の点はまばらにしか存在しません。この制約は、ビデオとライダーがスキャン当たり2Mと165kのボクセルを生成するのに対し、レーダーが10kのボクセルしか生成しないことを考えると非常によく分かります。言い換えると、標準の2Mピクセルのカメラに対してレーダーは10kピクセルのカメラのようなものであるといえます。この問題を打開するには、大規模なアンテナアレイが必要になります(ハードウェアのトレンドのセクションを参照)。
Dr Khasha Ghaffarzadeh took this photo at the Microwave Week in Paris in Oct 2019. It compares a typical radar vs typical lidar and video, highlighting the sparsity of the radar point cloud. Learn more - "Automotive Radar 2020-2040: Devices, Materials, Processing, AI, Markets, and Players".
しかしながら、物体の検出と追跡に関する研究の最前線では、レーダーの利用がますます増えています。レーダー用のデータセットが開発されて公開されており、中にはAstyxのようにオープンソースとして提供されているものもあります。また、学習データのアノテーションを促進し、そのコストを削減するため、半自動ラベリング手法の開発が進められています。
ひとつの手法として、最初にカメラベースのマシンビジョンで物体を検出し、物体の周囲に境界ボックスを描画します。次に、ライダーのデータを使用して境界ボックスに深さを与え、深さごとに対象を分離します。最後に、カメラとライダーによって生成された境界ボックスの内側を受け持つレーダークラスターで検出された物体に、自動的に注釈を付けます。この方法では、クラスターのタグ付けに要する時間が0.02秒に短縮されます(手作業の場合は10分)。しかし、当然ながら、これを実現するには強力なGPUが必要となります。さらに、この手法は精度がそれほど高くないことにも注意しなければなりません(手作業の精度が99%であるのに対し、この手法の精度は72%)。
オランダのデルフト大学で最近発表された研究成果は、特に注目に値します。この研究では、ターゲット方向の平均F1スコアとして0.7という値が示されています。この研究では、このように優れた結果を実現するため、低レベルおよびターゲットレベルのデータをデプロイしてアルゴリズムの学習が行われました。各オブジェクトクラスの動きにはそれぞれ固有の特徴があり、その特徴が3次元キューブに埋もれているというのが、この研究の基本コンセプトとなっています。
Dr Khasha Ghaffarzadeh took the top picture at the Tech.AD Berlin 2020. It shows the concept which is that the datacube contains the unique movement signature of each object. This can be uncovered by AI. The table shows the comparison of this work (RTCNet) vs other leading approaches
これまで述べてきたような技術の進歩にもかかわらず、レーダーの能力には依然として限界があります。この限界を打ち破るには、ライダーとカメラが組み込まれたセンサーフュージョンの一部としてレーダーを使用する必要があります。この場合、さまざまな疑問や課題が生じると予想されます(早期融合にするのか後期融合にするのかなど)。長い目で見れば、データフュージョンは広く普及するでしょう。このトピックについては、後日別の記事で詳しく述べたいと思います。
この記事によって、レーダー技術が革新と成長の黄金時代に突入したことがお分かりいただけたかと思います。開発のひとつの軸は、ユビキタスかつ低コストのAiPシングルチップレーダーを開発するという流れです。もうひとつの軸は、アンテナアレイとシステムアーキテクチャーをスケールアップして分解能と点群密度を向上させるという流れです。また、それらと並行して、レーダーの役割が、速度や角度、位置の検出から3次元物体の検出・追跡へとシフトしつつあります。自動車分野の市場は、相乗効果をもたらす強力なトレンドに後押しされて急速に成長しています。その一方で、レーダーもまた、人物監視やジェスチャー認識といった日常生活のさまざまな場面で使用されるごくありふれたセンシング技術となるための地盤を固めつつあります。
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