イオンキューがオックスフォード・アイオニクスを買収-量子分野での10億ドル規模の取引
2025年6月12日
Noah El Alami
2025年6月9日、イオンキュー(IonQ)とオックスフォード・アイオニクス(Oxford Ionics)は、イオンキューがオックスフォード・アイオニクスを買収する契約を締結したと発表しました。この取引は10億7500万ドル相当で、量子コンピューティング業界でこれまでに例のない最大規模の買収案件となります。取引の主な構成は、イオンキューの株式10億6500万ドル(本記事執筆時点でのイオンキューの時価総額約100億ドルの10%程度に相当)と現金約1000万ドルとなる見込みです。(出典:イオンキュー プレスリリース)
この過去最大級の買収は、量子コンピューティング業界における人材とリソースの大規模な統合を意味しています。IDTechExは、業界が成熟し、人材不足が深刻化するにつれ、こうした動きが発生することを予測していました。この10年で量子コンピューターは、ラボでの実験段階から急成長する技術産業へと発展しています。IDTechExは、最新の量子コンピューティング市場に関する調査レポートの中で、ハードウェアの販売による収益だけでも、2045年までに100億ドルを超えると予測しています。
イオントラップ方式の量子コンピューティング
量子ビット(キュービット)を使用して新たな演算操作を可能にする革新的な技術である量子コンピューティングは、従来のコンピューターよりも特定の問題を指数関数的に高速に解決する可能性を秘めています。この高速化から恩恵を受ける可能性のある業界は材料から金融、製薬まで多岐にわたります。
イオントラップ方式の量子コンピューティングは、イオンキューやクオンティニュアムなど、業界の市場リーダーが採用している方式で、IBMの超伝導量子ビット方式に対する有力な競合技術となっています。イオントラップ方式では、ストロンチウム、イッテルビウム、カルシウムなどの荷電原子(イオン)を使用して量子ビットを作ります。複数のエネルギー状態があるこれらの原子を使って量子情報を格納するのに必要な2準位系を形成できます。具体的には、寿命が非常に長いという利点を持つ超微細状態が使用されます。極低温冷却とは対照的に、これらの原子は光ピンセット(偏向した光によるごくわずかな力を利用してイオンをほぼ完全に静止した状態に保つ方法)を用いて環境から隔離されます。
極低温冷却を必要としない点以外にイオントラップ方式のプラットフォームのもう1つの大きな利点は、市場リーダーにより、他の方式よりもはるかに忠実度の高い量子ビットの実証が済んでいることです。これにより、商業的に意義のある問題を解決するために必要な量子ビット数を大幅に削減できる可能性があります。現在、複数の企業がイオントラップ方式のプラットフォームのスケールアップを試みており、イオンキューやクオンティニュアムが構築した初期段階の量子コンピューターは、クラウド経由で研究や商用ユースケースの開発を目的とした利用がすでに実現しています。

イオントラップ方式量子コンピューティングの原理。出典:IDTechEx
量子スタートアップ企業の2社について
2015年に設立されたイオンキューは、量子コンピューティング分野で最大級のスタートアップ企業の1つであり、特にイオントラップ方式を使用している企業としては最大規模といえる存在です。主な競合相手は、2021年にハネウェルとケンブリッジ・クオンタム・コンピューティング(CQC)が合併して誕生したケンブリッジ(イギリス)を拠点とする企業である、クオンティニュアムです。
イオンキューはここ数か月の間に複数件の重要な買収を行っており、その最後を飾ったのが今回のオックスフォード・アイオニクスの案件です。2025年5月には、量子ネットワークと量子通信の世界的リーダーであるIDクォンティークも買収しています。IDクォンティークは、量子鍵配送(QKD)と量子乱数発生器(QRNG)の商用化を先駆けており、既製品による成熟したソリューションでイオンキューの量子通信のポートフォリオを拡充しています。IDクォンティークによる高性能単一光子検出器の開発も、イオンキューによる量子コンピューティングクラスター間の光子接続モデルに統合される見込みです。その他の買収案件としては、2024年11月の量子もつれ光子源企業キュビテック、2025年6月初めの光インターコネクト企業ライトシンクなどがあります。
この連続した量子関連企業の買収(ロールアップ)は、量子コンピューティング、量子センシング、量子通信に技術力を広げるというイオンキューの戦略であるだけでなく、自社のシステム設計において重要な役割を担っているフォトニクスの技術強化に継続して取り組む姿勢を示しています。
一方、オックスフォード・アイオニクスは2019年に設立された企業ですが、近年では、ゲート忠実度やエラー抑制を中心に優れた技術的成果を示してきており、ここ数年は量子ビットの高い忠実度の実証に注力しているため、業界内で大きな注目を集めています。この買収以前は、技術力の面でイオントラップ分野第3位の有力企業とされていました。
2024年9月にはSPAM(状態の準備と測定)の忠実度において99.9993%という記録的な成果を発表しており、ラボでの成果ではあるものの、技術的進歩を示す明るい兆しとなっています。しかし、オックスフォード・アイオニクスの成功は実験だけにとどまりません。同社は、システム1台当たり約2000万ポンド相当とされる契約でオンプレミスのソリューションをすでに提供しており、常勤換算で75人分超を超える規模にまで成長を遂げてきています。2025年には目標としていた99.99%という量子ビット忠実度を確実に実証したことを発表し、多くの現行の量子ビット方式と比較してエラー率を大きく改善したことになります。
しかし、今回の買収においてオックスフォード・アイオニクスの最も重要な資産は、同社独自のイオントラップ製造法にあるかもしれません。インフィニオンとの提携を通じ、CMOSと互換性のあるプロセスで製造可能なオンチップ型のマイクロ波イオントラップを開発しました。このイノベーションにより、トラップされた量子ビットを制御するための複雑なレーザーアレイが不要になるため、従来のイオントラップの最大のペインポイントの1つが軽減されることになります。
市場展望
この記録的な買収は、量子コンピューティング市場を取り巻く状況に大きな変化をもたらしています。イオンキューは、これまで抱えていた技術的制約の多くを解消するとともに、イオントラップコンピューティング分野の人材とリソースの集約を進めています。このことは、投資と競争が拡大し続ける中、量子コンピューティング業界における利害がかつてないほど大きくなっていることを示しています。
この買収後も、量子コンピューティング市場はまだ独占とは程遠い状態にあります。革新的な量子スタートアップ企業に加え、マイクロソフト、グーグルをはじめとする既存の大手企業も依然として競争に参入しています。その多くが今後5年以内に量子コンピューターによる商業的優位性を実現できると主張しています。IDTechExの市場レポート「量子コンピューティング市場 2025-2045年:技術、トレンド、有力企業、予測」では、商用化に向けた量子コンピューターの開発に取り組む、大手企業、政府機関、スタートアップ企業の動向を追跡しています。また、競合する量子コンピューティング技術、それを推進する企業や取り組み、さらに最初に影響を受けることが予測される主要産業について詳細な評価を提供しています。
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