2035年の世界の汚染減少に向けた新たな材料への移行

Sona DadhaniaJames Kennedy
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この100年で近代材料科学は、エレクトロニクスの主要技術を実現する一方で、こびりつきにくい調理器具や防水衣料、頑丈なブロック玩具など数々の魅力的な製品を世界中の家庭に広め、普通の人々の暮らしに変革をもたらしました。20世紀に化学物質とプラスチックが起こした大変革が日常生活のあらゆる側面に影響を及ぼしていることについては疑いの余地がなく、その一方で人々の健康や環境へのプラスとマイナス両方の影響に対する認識が次第に増大しています。例えば、石油化学系プラスチックについては、使用済み製品の廃棄処理を巡る数多くの問題に直面しており、世界中でプラスチックごみが増加の一途をたどっている原因となっています。OECDでは、2024年にはプラスチックごみの50%近くが埋立処理され、20%が不適切に処理されることになると推定しています。
 
環境中に流れ出る汚染物質は、不適切に処理されたプラスチックごみからできるマイクロプラスチックだけではありません。PFAS(ペルフルオロアルキル化合物とポリフルオロアルキル化合物)は至る所に存在する類の化学物質であり、あらゆる産業、人体、環境の中に入り込んでいます。米疾病予防管理センター(CDC)の調査により、97%の米国民の血液からPFASが検出されたことが判明しています。また、人間の生活圏からはるか遠く離れた北極などの辺境地でもPFASが発見されたという環境調査報告もあります。PFASが人々の健康に及ぼす影響についてはまだ研究が進められているところですが、PFASへのばく露がコレステロール値の上昇や出生時体重の減少、腎臓がん、精巣がん、妊娠高血圧症、妊娠高血圧腎症などの健康被害に関係している可能性があるという見解を米国環境保護庁が示しています。
 
我々が現代社会に生み出した化学物質や材料が及ぼす悪影響への認識が高まるにつれて、各国政府をはじめ企業、学者・研究者、消費者はこぞって代替品を模索し始めていますが、それは途方もない課題であることには違いありません。多くの場合、適した代替品が見つかっておらず、一方で代替品の候補はあるものの、需要への対応に向けた生産規模の拡大から、現行材料を凌ぐ価格競争力まで、数多くの問題に直面している分野もあります。そのような状況にありながらも、IDTechExでも追跡調査をしているように、各セクターにおいて汚染を削減して循環性の高い世界を実現する化学物質や材料を探し出すよう促す活発な動きが世界規模で見られています。
 
PFAS:将来的に5000種類以上の物質が規制対象に
 
PFAS類の化学物質は、その環境残留性から「フォーエバー・ケミカル(永遠の化学物質)」とも呼ばれていますが、最近まで幅広く監視の対象にはなっていませんでした。PFASの中には以前から世界規模で規制対象とされていた物質もあります。例えば、PFOA(ペルフルオロオクタン酸)、PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)、PFHxS(ペルフルオロヘキサンスルホン酸)は、いずれも残留性有機汚染物質(POPs)使用の廃絶を目的とした国際条約であるストックホルム条約に追加されています。ペルフルオロカルボン酸(C9-C14 PFCAの直鎖および分岐鎖)など、他にもいくつかの物質がEU域内での使用が禁止されてきましたが、自動車、製造業、半導体、医療などの産業で日常的に使用されている数千種類ものPFASのうちのほんの一握りにすぎず、PFAS類全体を見ると、その大部分がこの数十年もの間規制を受けずにきたと言えます
 
2023年にEUが世界で最も対象範囲の広いPFAS規制を導入したことでその状況は一変しました。実質的にこのユニバーサルPFAS規制はPFASを極めて重要性の高いユースケースのみに限定するものであり、一部の用途についてはPFASに代わる代替品の商用化・規模拡大に13年半の猶予を設けるとしているものの、多くの産業においては規制実施からPFASの段階的廃止までわずか1年半の猶予しか与えられていないのです。
 
Figure 1. PFASを対象とする規制の範囲。出典: IDTechEx
 
この前例のない規制は今も欧州委員会で最終決定に向けて審議されている訳ですが、当然ながら欧州内外の化学物質・材料業界に衝撃を与えており、グリーン移行のキーテクノロジー開発企業は特にこの規制について懸念を抱いています。というのも、グリーン移行では、いくつかのPFAS材料・化学物質が先進技術の成長を実現する上で不可欠な役割を担っているからです。
 
水素エネルギー社会、データセンターの熱管理、電気自動車などのハイテク産業においてPFASに代わる物質を入手できるかどうかは、IDTechExの調査レポート「PFAS(ペルフルオロアルキル化合物とポリフルオロアルキル化合物)2024年:新たな用途、代替品、規制」でも考察している重要な問題です。例えば、燃料電池では、燃料電池アセンブリの要となる部材としてPFSA(ペルフルオロスルホン酸)アイオノマー膜が使用されています。この部材の使用が禁止された場合、燃料電池業界にはどのような選択肢があるのでしょうか? 炭化水素系膜などの代替品も開発段階にありますが、これらの材料を水素エネルギー社会に対応する規模にまで拡大するのは大きな課題となるはずです。このケースでは、ユニバーサルPFAS規制によってプロトン交換膜燃料電池(PEMFC)市場が存続を脅かされています。
 
こうしたハイテク産業でPFASフリーの代替品への切り替えが求められるとしても、それほど早急に進める必要があるのかは定かではありません。最近の欧州議会からの通達によると、半導体やバッテリーなどEUのグリーン移行戦略のキーテクノロジーには、期限付きや無期限の例外措置が適用されるようです。ただし、EUによるこの禁止令により、食品包装をはじめとするその他多くの分野がPFASフリーの代替品に早急に移行せざるを得なくなり、2035年には業界全体を取り巻く状況が一変する可能性があります。そういうわけで、この問題は各種規制においても極めて重要であるため、IDTechExでは追跡を続けていく予定です。
 
ケミカルリサイクルによって再生されたプラスチックとバイオプラスチック:サーキュラーバイオエコノミーにおける位置づけ
 
規制を巡るもう1つの動きが、プラスチックごみの不適切な処理に対応する規制です。この問題を契機として、多数の国家政府がリサイクルの奨励と促進に関する法整備を進めています。メカニカルリサイクルの現行技術では、プラスチックはダウンサイクルを経て限られた用途で再利用されることになります。これを解決すべく、さまざまな先進技術が導入されつつあります。
 
その中には、プラスチックごみを無酸素状態のまま高温加熱し、炭化水素系原料を作る熱分解などの化学変換技術も含まれています。また、再重合によって新しいプラスチックに変換できるようにポリマーをモノマー成分に分解する解重合もあります。解重合は熱、化学的要因、酵素のいずれかによって進行されますが、IDTechExの調査レポート「プラスチックのケミカルリサイクルと溶解 2024-2034年:技術、有力企業、市場、予測」ではこれらについて徹底解説しています。熱分解と解重合はいずれの場合も廃棄物からバージンプラスチックに近い材料を作ることが可能です。次に溶解についてですが、この手法では溶剤を使用してプラスチックごみから添加剤や汚染物質を分離し、非常に高品質なプラスチック樹脂に改質します。
 
これらの技術に共通するのは、メカニカルリサイクルに特有の制約を解消することでリサイクルの多用途性を高められるという点です。最終的には、これらの技術により、ほぼすべてのプラスチックごみがリサイクル可能になるかもしれません。大きな制約の1つはリサイクルプラスチックの販売価格です。ケミカルリサイクル施設に必要な設備投資や操業コストの増加が主な要因ですが、石油から作られるバージンプラスチックやメカニカルリサイクルにより製造されたプラスチックよりも高価になります。こうした理由から、今後もメカニカルリサイクルが市場をリードするリサイクル技術であり続けることになりそうです。しかしながら、先進リサイクル技術によって実現される多用途性や品質を考えると、メカニカルリサイクルの普及が現状においてリサイクルできない廃棄物に取り組む上で不可欠となります。
 
プラスチックのリサイクル量に関わらず、プラスチックの年間生産量は2050年には少なくとも2倍に増加すると予想されています。そうなるとプラスチック消費量増加への対処法としてリサイクルだけに頼ることはできなくなり、プラスチックの原料となる持続可能な資源としてバイオプラスチックへの需要が生じるようになります。バイオプラスチックという語はあらゆる生物由来の資源を原料としたプラスチックを指します。その中には、ポリ乳酸(PLA)やポリヒドロキシアルカノエート(PHA)などの生分解性プラスチックだけでなく、ポリプロピレン(PP)やポリエチレンテレフタレート(PET)といった非生分解性プラスチックも含まれています。IDTechExの調査レポート「バイオプラスチック 2025-2035年:技術、市場、有力企業、予測」では、バイオプラスチックのあらゆる領域を解説しています。
 
バイオプラスチック関連の法整備は、プラスチックリサイクル関連の法整備と比べて後れをとっています。例えば、数多くの規制では新品プラスチックにおけるリサイクル材の最低含有率を定めていますが、バイオプラスチックは適用対象外とされています。
 
Figure 2. 世界のバイオプラスチック規制。出典: IDTechEx
 
一方で、バイオプラスチック市場に影響を及ぼす最も変革的な法律は、生分解性代替品を対象外とした使い捨てプラスチック包装禁止令です。中国はこの分野で傑出していますが、その理由は単に中国市場の規模の大きさではなく、中国が生分解性プラスチック使用を奨励してきたことにもあります。この点については、紙や木材などの代替材料の使用を義務付けることで使い捨てプラスチックの問題に取り組んできた他の先進国とは異なります。そのため、中国市場ではPLAなどの生分解性バイオプラスチックの生産能力が爆発的に拡大しており、使い捨てのカトラリーやカップから生分解性プラスチック袋まで、あらゆる種類の製品が生産されています。
 
生分解性バイオプラスチックを選択することには、廃棄物処理が改善されるというメリットもあります。バイオプラスチックの生分解度は、ポリマーの組成やプラスチックの形態に応じて、家庭コンポストで堆肥化できるレベルから、工業コンポストで堆肥化可能なレベルまであり、一様ではありません。現状ではPLAのような物質を堆肥化できる工業コンポストなどの施設の数が限られており、それが難点となっています。それを克服するには、政府の取り組みやプラスチックサプライチェーンの企業からの出資をもとに、工業コンポストなどの施設を整備することが必要になるでしょう。バイオプラスチック導入に前向きな企業からは、別の懸念も上がっています。それは、サプライチェーンにも関係する、生分解性がプラスチック製品の保存期間に及ぼす影響についてです。結局のところは、市場が長い時間をかけて新しい材料に適応していくしかないのでしょう。
 
性能を求められる用途で多く使われている非生分解性バイオプラスチックは、今までは導入に後れをとっていたものの、現在は加速しつつあります。それを大きく後押ししているのが、自社の炭素排出量の削減に努めている企業です。エンドツーエンドの排出量で見た場合、バイオプラスチックの方が従来の石油化学系プラスチックよりも排出量が抑えられることから、こうしたスコープ3排出量の大幅な削減を可能にする方法として、バイオプラスチックの導入が挙げられます。この流れを妨げている大きな要因の1つは、石油化学系プラスチックと比べて著しく高いバイオプラスチックの価格です。この点についてはバイオプラスチックの生産規模拡大によって緩和されると思われるものの、今後も引き続き多くのエンドユーザーにとっては価格が大きなネックとなりそうです。
 
ケミカルリサイクルやバイオプラスチックなどの先進技術の利点を考えると、今後10年間はまだまだ成長の見込みがあります。しかしながら、将来のサーキュラーバイオエコノミーにおいてどの材料や技術が市場リーダーとして浮上することになるかはまだ定かではありません。

Technology Innovations Outlook 2025-2035

IDTechExでは、今後10年を形作る主要技術革新トレンドに焦点を当て、現在の状況の評価と2035年までの予測をまとめた 『Technology Innovations Outlook 2025-2035』 を発行しました。本記事も掲載されています。
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