TMRセンサー: 量子のサクセスストーリー
2023年10月26日
Dr Tess Skyrme
TMR(トンネル磁気抵抗)センサーは、自動車業界やウェアラブル業界に急激な変革をもたらしています。これら小型センサーは、量子現象を利用し、ホール効果センサーなどの業界の主力製品を含む既存センサーよりも優れた性能を発揮します。TMRセンサーは量子の重ね合わせや量子もつれのような興味深い効果を利用したものではありませんが、本記事でIDTechExは、先進量子センサー市場でのTMRセンサーの成功から学ぶべき教訓を取り上げます。
感度は商業的価値を引き出す鍵
TMRセンサーは量子トンネル現象を利用することで磁場を高感度に測定します。強磁性体とナノメートル厚の絶縁体の薄層を挟んだ構造になっています。量子力学に基づき、電子がこれらの層を透過する確率は外部磁場・電場によって大きく変化します。TMRセンサーを回路に組み込むと、磁界の変化を電圧や抵抗の変化として示すことができ、既存のセンサーが検出する数百分の1の大きさの磁場の検出を可能にします。


Figure 1. Operating principle of a TMR sensor (top). Comparing the output response of a TMR to GMR and AMR. Source: IDTechEx
その他にも、磁場センサーや時計、比重計、ジャイロスコープ、光検出器など、多くの量子センシング技術が開発されています。いずれの場合においても、これら技術は感度を桁違いに向上させる可能性を秘めているため、どれも既存のセンサー市場を打破することになりそうです。
最適化されたSWAP-Cの重要性
センサー市場において重要となるパラメータは感度だけではありません。SWaP-C(サイズ、重量、電力、コスト)を最適化することも極めて重要です。TMRセンサーの場合、ホールセンサーと比較して消費電力を抑えることが、メーカーがTMRセンサーへの置き換えを検討する上で不可欠です。これはIoT分野全体の低消費電力機器に対する需要を反映したものです。消費電力が低下すれば、長時間の稼働が可能になり、最終的にはメンテナンスや環境の観点から持続可能な運用が可能となります。
IDTechExは 量子センサー市場についての調査レポートを発行しています。

Figure 2. Comparing key properties of miniaturized magnetic field sensors. Source: IDTechEx
TMRセンサーは比較的単純な構造をしているため、CMOS技術を利用した既存の半導体ファウンドリで製造が可能で、高度に最適化されたSWaP-Cを実現しています。TMRセンサーの小型化は、既存のソリューションと競合するだけでなく、多くの場合、より優れたソリューションとなります。しかし、これを実現するのは次世代の量子センサーにとってはるかに困難でしょう。量子のもつれや重ね合わせに基づくソリューションを実装するのに必要なコンポーネントやインフラは、トンネル現象よりもずっと複雑です。蒸気セル、レーザー、窒素-空孔中心などのスケーラブルな製造は、現在もなお量子技術業界が解決すべき重要な技術的課題です。
ユースケースの多様性がもたらす強み
ウェイクアップ、角度、位置の検出やリモート電流検出など、TMRセンサーは、さまざまな業界で利用されています。ウェアラブル機器や医療機器(糖尿病管理のための持続血糖測定やセンサー内臓のデジタル錠剤など)の多くは、ウェイクアップ機能を利用したものです。リモートセンシングと温度耐性により、電気自動車とソーラーエネルギーシステムにおいて内部をモニタリングする際の安全性が向上します。位置と角度の検出に関してはほぼ無限の用途がありますが、風力タービンの出力最適化、ロボット工学、工場最適化において特に価値を発揮します。
TMR技術が対応するユースケースや業界の多様性は、生産規模を拡大する上での利点となります。新しいセンサーは感度、サイズ、出力で勝負できるかもしれませんが、商用化の際のスケールメリットは限られているため、ほとんどの場合、最初はコストに関して妥協することになります。高付加価値産業でアーリーアダプターが見つかれば、より規模の大きい市場に参入する前に製造能力を高めることができます。電気自動車市場の一部を家電への足がかりとしたTMRセンシングについても同様のことが言えるでしょう。このアプローチが成功していることは、TDKが生産能力を倍増したり、クロッカス社の製品売上個数が1億個を突破するなど、最近のTMRセンサー業界大手プレーヤーの活動を見ても明らかです。

Figure 3- Market Size vs. CAGR plot. Outlook for quantum sensors 2024-2034. Vertical agnostic devices predicted to obtain higher volume sales.
IDTechExは、業界にとらわれないことで、量子センサー市場のより複雑なデバイスも利益が見込めるのではないかと予測しています。ユースケースを限定してしまうと、コスト最適化で行き詰まる場合があり、比重計のように地下マッピングが唯一のキラーアプリケーションであるというような機器にとって課題となる可能性があります。しかし、原子時計と量子ジャイロスコープについては、航空宇宙市場、自動車市場、金融市場、そして家電市場でも、高精度測位・測時技術を導入する動きがすでに見られます。用途の多様性は、量子センサーが長期的な商業的成功を収めるために、不可欠な推進要因であると考えられます。
見通しとまとめ
TMRセンサーは、高い感度や、サイズ・重量・消費電力の最適化により、さまざまな業界で商業的価値を高めつつあります。この技術は、従来のセンサー市場を打破するには量子効果をどのように利用したらよいかを示す一例です。確かに比較的単純なケースであるに違いありませんが、先進性の高い量子センサーの開発者は、このようないくつもの品質の高い技術をパッケージ化したソリューションを開発することで恩恵を受けることになるでしょう。しかしそれ以上に、「量子」の利用に頼るだけでは、マーケティングツールとして不十分であるという教訓でもあるのかもしれません。
量子センサーについてさらに詳しくは、IDTechExの調査レポート 『量子センサー市場 2024-2044年』でご確認ください。