戦略的シリコン:地政学が半導体投資の方向性を転換
2025年6月25日
Dr Yu-Han Chang
IDTechExは、先進のシリコンノード、HPC(ハイパフォーマンス コンピューティング)ハードウェア、AI、先端半導体パッケージング、フォトニクス、量子コンピューティングなどの グローバルな半導体・コンピューティング分野の動向を常に注視しています。本記事では、地政学的緊張が先端半導体技術への世界的投資の方向性をどのように転換し、技術主権の確立を目的とした半導体サプライチェーンの再編がどのように進んでいるかを解説します。
世界最先端のシリコンチップの大多数は、台湾の1社である Taiwan Semiconductor Manufacturing Company, Ltd. (TSMC)によって製造されています。このチップは、データセンターからスマートフォンまで、あらゆるものを動かしています。しかし、台湾がその中心的な役割を担っていることが地政学的な脆弱性となっており、中国と台湾の間で緊張が高まり、先端半導体の戦略的価値が上昇する中で、世界的な懸念が強まっています。
世界規模での先端半導体への投資
これを受け、各国政府や企業は国内回帰を加速しており、アメリカだけでも4800億ドルを超える半導体関連投資が2024年から2025年にかけて発表されています。テキサス・インスツルメンツ(600億ドル)、マイクロン(2000億ドル)、グローバルファウンドリーズ(160億ドル)、TSMC(1650億ドル)、サムスン(400億ドル)などが主な出資企業として挙げられ、その多くが米国半導体法(CHIPS法)の補助金を受けています。こうしたプロジェクトは、先進のシリコンノード、高帯域幅メモリ(HBM)、先端半導体パッケージング、シリコンフォトニクスといった、AI時代に不可欠な分野の技術力開発を目的とする戦略的投資です。
ヨーロッパ各地では欧州半導体法が地域の半導体エコシステムを活性化し、ドイツ政府の支援の下、TSMCは、ボッシュ、インフィニオン、NXPと共同でドレスデンの22/28nm製造工場に投資を行っています。その他の主な動向としては、インフィニオンによる35億ユーロ規模のメガファブプロジェクトや、イタリアのシリコンボックスによる32億ユーロ規模のチップレット施設などがあり、こうした動きから、国内の製造能力を取り戻そうというヨーロッパの意欲がはっきりと伺えます。
日本ではTSMCの熊本工場(JASM経由)が生産を開始しており、より先進的な第2工場も建設中です。政府はラピダスに対して54億ドルを超える支援を約束しており、同社は2027年までに2nmのパイロット生産を開始することを目指しています。韓国では、国を挙げての強力な支援の下、HBMとロジック半導体の生産が拡大し続けています。
台湾の戦略的対応
一方で、台湾は戦略的な規制を通じて、先端半導体技術におけるリーダーシップを強化しています。2025年3月、台湾国家発展委員会はTSMCの海外工場が「N-1」ルールの対象であることを正式に発表しました。このルールは、企業が最先端のプロセスノードを海外に移転することを禁じるというものです。台湾が最先端半導体製造の中心地であり続けるように、当局は「最新技術は台湾国内にとどめておかなければならない」、「重要な知的財産は台湾から流出してはならない」、「国家安全保障が優先される」という3つの原則を示しました。
TSMCは国内への多額の投資を続けており、2025年も7つの施設(製造工場6か所と先端パッケージング工場1か所)を国内に新たに建設しています。2nmの生産は2025年後半に本格化し、3nmの生産量も本年は60%増加する見込みです。同社の予測では、AI関連のウエハーの出荷量は2021年の12倍に、大型ダイの出荷量は8倍に増加する見通しです。
半導体サプライチェーンの見直し
こうした投資は各国の技術力強化の可能性がある一方、世界の半導体サプライチェーンを根本的に再編することにもなります。現在の半導体エコシステム、中でもAIチップは東アジアに深く根差しており、ウエハー製造だけでなく、先端パッケージング、検査、最終組立においても台湾が中心となっています。先進ノードでチップを製造するのは第一歩にすぎず、下流工程を同一拠点に集約しなければ、アメリカで製造してもパッケージングのためだけにウエハーを台湾に送り返すことになり、経済的合理性に欠けます。
先進ノードを製造する工場を建設するだけでも莫大な費用がかかりますが、(量産に対応する2nmウエハー工場を建設するには数百億ドルに迫る巨額投資が必要)それを支えるエコシステム全体を再構築するには、追加で多大なコストが発生します。TSMCのアリゾナ州のプロジェクトは、その複雑さを示しています。プロジェクトを効果的に運営する上でTSMCはサプライチェーンの大部分を台湾からアメリカに再構築せざるを得ませんでした。
このような移行によって先端チップのコストは必然的に上昇するため、強力な政治的・財政的支援ができる裕福な国しか参入できないのです。米CHIPS法は国内回帰を促進しましたが、今後の道のりは依然として長く、困難を伴います。主な課題としては次のようなものがあります。
- 熟練労働者不足(反移民政策によって悪化)
- 巨額資本が必要(世界の経済情勢が悪化する状況下では特に)
- 地政学的摩擦(最先端ノードや技術輸出を制限する台湾の「N-1」規制など)
- サプライチェーンが未熟で脆弱(上流・下流パートナーの多くが依然としてアジアに集中しているため)
- 政策が不透明(政府の補助金や許認可の変更により、特に複数年にわたるプロジェクトが遅延・中断する恐れがある)
概要
一方で、かつては世界規模であった半導体エコシステムは、地域に定着した供給ネットワークへと分裂しつつあり、コスト効率ではなく国家安全保障が立地戦略を左右するようになってきています。半導体生産の脱グローバル化は、単に地政学的リスクへの対応というだけでなく、より深い構造的再編を反映したものでもあります。この新時代において、半導体はもはや性能だけで定義されるものではなく、主権、安全保障、戦略的影響力を実現する手段になってきているのです。
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